ごはんとカレーの秘密


なぜ、ご飯が見えない様にカレールーをかけるのか?


私は、ご飯が嫌いだった

そして、なぜかラーメンのスープをたっぷり入れたがった

何故かがわからなかった

夫ががん転移で手術することになった

10月、夫は大腸がんが転移していることがわかった
肝転移していて、腹腔鏡手術をうけることになった

手術は9時間かかると言われた

朝9時に病院につき、ナースステーション横の面会場所で待つことに

お昼、一緒についていてくれた次男とごはんに出かけることになった

何でもよかったので次男にチョイスを任せると、
ブルーノのカレーを食べようと言ってきた

ブルーノのカレーは、ご飯に自分でルーをかけるタイプだった

自分の行動に疑問がわく

久しぶりだなぁとバターライスにカレーをかけようとして
自分の意識していることにふとわれにかえった

”提供されたカレーに対して、
どれくらいのご飯をお皿に盛り付ければごはんがかくれるか?”

こんなこと考えながら、カレーをかける人間なんているんだろうか?

私は、白いご飯が見えなくなるように丁寧にカレールーをかけた

何なんだこの儀式は??

ごはん信者

わたしの、この一見意味の分からない行動は、
さいころに、ご飯を食べないことを悪としてみなされていた家庭でそだったがために
行っていた行為だったことに気が付いたんだった

ご飯を食べない人間は悪
私の実家は農家で、ご飯を嫌うなんてありえないごはん信者だった

ごはんを愛していない人間は、許されなかった

別に私もごはんが嫌いなわけではなかった

自分の食べたい分量を食べたいだけだった

だけど、沢山食べることが良とされていた私の実家では、
「ごはん少なめにして」ということは悪だった

カウンセリングで話していたことがわかったからくり

私は、ご飯を少なめにしてが言えなくて
カレーでごまかそうとしていた

わたしは、カウンセリングで
なぜ、ラーメンを食べるときにスープを多めにするんだ?
つゆだくで食べるんだ?と聞かれて答えられないでいた

その答えがここにあった

炭水化物を隠したい


そんなオチがあるのか?とわれながらあんぐりした



次男といったカレー店 【ブルーノ HEPナビオ店】

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決めた事

主人はとても繊細で気配りができて、空気をとてもよむ人、

なので、私の子供に対する対応は心苦しいものだったと思われる。

 


そんな中、一生懸命バランスをとって子供たちのフォローをしてくれていた。主人が心労のため、がんになったとしても私はおかしくないと思っている。

 

 

 

そして、そうやって、主人がフォローしてくれたことに対して、私はあぐらをかき、インターになることになって、いかにも自分が何か変わったかのように偉そうに持論を振りかざして、主人や子供たちに傲慢な態度をとってきていたのではないかと思う。

 


その自分の態度を責められたくなくて、へりくだり、おびえ、私が悪いのではないか?と主人に確認を取る行為は、傷口に塩をぬるような行為ではないかと私は思っている。

 

 

 

私は私なりに、一生懸命自分を変えてきたものがあるのはわかっている。そのことを否定するつもりはない。

 


だけど、主人を犠牲にしてこなかったかと言えば、それは嘘になる。

 


主人の支え、心配り、フォローがなければ今までやって来れなかった。

 


その主人が癌が転移し、近々手術を受けることになった今、私は逃げ出してはいけないと思う。

 


主人に私が悪かったか?などと確認をとっている場合ではなく、今の主人の痛み、不安、苦しみを一緒に、分かち合いガンと向き合っていく協力者としてやっていこう

と覚悟を決めた。

 


命に関わる大きな病気と戦うのは、とても不安なことだし、その不安と戦う主人を、

私は主人を愛した人間として、妻として目一杯支えていこうと考えている。

 


主人と一緒に、癌と向き合って戦って生きていこうと心に決めた。

主人は以前、鬱と診断されたことがある

私は1度主人がうつ病と診断されたとき、

今回主人が癌が転移したと診断された時と同じ感覚になった。

 

それは主人が鬱になったのは、私が悪いんじゃないのか?私のせいなのか?

その感覚がとても強かった。

 

主人がどれぐらい辛い思いをしていたか

何故鬱になるまでになったのか?そういうことよりも私が悪かったか、

そうじゃなかったかが気になり、

いつも主人に怯えて主人の行動に目を見張らせていた。

 

主人の1度目のS状結腸がんの手術の時は、

ステージ1で転移の可能性も7%だと言われ、

私はのんきに構え、おおらかな態度をとってはいたが、

今回さすがにガン転移、ステージが4になり

5年間生きられる確率は30%から50%とネットで見たことで、

とてつもない恐怖が襲ってきました。

 

その恐怖は、主人がうつ病と診断された時ととてもよく似ています。

 

確かにその頃、長男は小学校3年、次男はと幼稚園年長、

しかも主人のお父さん(義父)は、今の主人と同じS状結腸癌から、肝臓に転移し、

癌細胞は最終的に肺に転移し、呼吸困難でなくなっていて、
義父を亡くした傷跡が癒えていない主人のお母さん(義母)が、

ずっと家に居る状態で、私はどうすればいいんだろうと言う不安もありました

 

でも1番大きかったのは私が悪かったのと聞きたい気持ちでした。
お前は悪くないよと言う言がほしくて、私は主人に献身的に尽くしました

 

子供たちが幼稚園や小学校に行っている間、ネットで鬱のことを調べたり、

鬱の人のネットで発信されている記事を読んだり、

鬱の人のグループに入っていろんなことを話を聞いたりしていた。

どうすれば主人が良くなってくれるか

その気持ちで必死でしたが、やはり私の心の底にあったのは、

私は悪くないよねと聞きたい気持ちだった。

 

今回、主人がガン転移と分かり、

主治医の先生からどのような話があるかはまだわかりません。

もしかして余命を言い渡されるかもしれない。

だけど今日9月10日今日は主人は長生きすると私は思っている。

 

なぜなら前回、主人が鬱と診断された後、

私は不幸のどん底に落ち、自分は悲劇のヒロインになっていました。


私が悪いの?と聞きたい気持ち大変な夫を看護する私そして何より
一番の本音は、

鬱陶しい、主人の母親を主人の鬱で遠ざける良い機会だと私は思ったんです

 

今回も私は逃げられるという感情を思った。

私は主人の鬱からメンタルのことに関わるようになり、

現在人の話を聞く仕事をするにまでなっている。


ところが私が変わり切れない自分軸を持ち、自分の気持ち、

自分の考え方で意見を言うことができず、行き詰まっていました。

 

そして今回の主人のガン転移が、

主人の治療のため、仕事から逃げられると思った瞬間があったんです。

 

前回の主人の鬱と診断されたときの私と、今回主人ががん転移と診断されたときの私、

これは私の立場でほぼ同じような感覚に立たされていると私は思う。

 

変われない自分、現実を受け入れられない自分、

覚悟を決める事から逃げ出したい自分

そんな自分から変わるチャンスなのではないかと思っている。

 

私が死ぬまでに二度とこのようなチャンスは無いのではないかと考えています
。ましてや主人の今回のガン転移は、

主人の今後の寿命がどれだけのものなのか

最悪のことを考えると1年とか2年になる可能性もあります。

 

私の中での考えとして、今回の件は私がどれだけ変わる覚悟をするかによって、

主人の寿命も変わってくるんじゃないかと考えています。

 

私が悪いの?と聞きたくなる、自分しか考えられない私から脱却。


自分で自分の言葉を話せないこと、その事を鼻息荒く話すことで誤魔化している

メンターに媚びることで、自分の言葉を話そうとしない自分からの脱却

深く物事を考えず、自分の想像や理論に当てはめたものの見方をする私からの脱却。

 

もう少し深く自分の気持ち人の気持ちを見ることができるような人間になるための

チャンスじゃないかと思っています。

そして、そうなれることで

主人はながくいきられるんじゃないかというきがしています。

 

 

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